お月さまをみてる。

第二章を歩み出される祐飛さんを追いかけてまいります☆
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清廉さとは。

三成を表す言葉として、公演前からよく聞いたのが「清廉である」ということ。



私は史実も知らず、石田三成でピンとくるのは数年前の大河の天地人で大好きな小栗くんがやっていたのを時々見ていた程度なもので・・・
その時の知識と言えば哀しい最期が印象に残っているくらいで・・・


なので清廉、清廉と聞いても、ふーん、っていうくらいにしか感じていなくて。

そんな私が今回のお芝居を見て、その清廉さを、ただ目の当たりにして圧倒された場面がありました。


ラストの牢獄の場面。


暗闇の中から、ひとだまのようにユラリと立ち上がるその姿。
囚われ、落ちぶれて、衣服は鼠色で汚れ、無精髭をはやし、髪も乱れて。
それでも、圧倒的に美しいその姿に、私は「清廉さ」を見たのでした。


華美な衣装でもなく、スポットライトがキラキラと当たっているわけでもなく、セットも質素なこの場面で、それでも神々しいまでに美しく、発光するように輝いていたあの三成の姿に、彼の清廉さが、この最期の瞬間に、全身から迸るように溢れているんだ、と思ったら涙腺が決壊しました。

ユウヒさんが創り上げた三成。

清廉な人。
真っ直ぐに生き、信念を貫く人。

その信念が結実したあの場面は壮絶に美しく、哀しく、心に残る素晴らしい場面だと思います。


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